2017年11月25日土曜日

ROAD TO DESCRIPTION III (11月度活動報告)


 新種記載に向けた動きについて、ネタバレしない程度に御報告です。
 過去の経緯はこちらこちらから。




進捗報告
Dear Readers


 弟子入りを果たしてからのトレーニングメニューは以下のような感じです。

・プレパラート標本の観察とスケッチ
・解剖
・染色
・近縁グループのサンプルを用いた解剖,スケッチ

 今回は解剖技術の研鑽を取り上げます。





解剖について
Dissecting Me Softly


 卒論の際には勿論同定のために解剖しまくったのですが、ブランクがあるのと、そもそもそんなに巧くいった記憶がないので、レベル初期値からのスタートです。


 ヨコエビの解剖は要するに観察しやすいように付属肢を外す作業で、形態に基づいた分類を行う際には欠かせないものとされています。


 例えば、もしヨコエビの全身が無色透明で、重なりあった付属肢一つ一つの同定形質を容易に視認できれば、解剖の必要はありません

 私も驚きましたが、その例え話みたいな例が最近ありました。一切スケッチすることなく、ほとんどの種においては口器の解剖すらせず、写真のみを使用して記載を行った論文が10月に出たのです (d’Udekem d’Acoz & Verheye, 2017)。ヨロイヨコエビ属は体表の形状が極めて特徴的で変化に富んでおり(今後の研究の進捗によって資料を追加する必要性が出てくるのかもしれませんが)、現状では細かい形質を検討する必要がないのです。ヨコエビの中でもグループによって必要な解剖の度合いが異なる例です。

 とはいえ、そういったのはごくごく一部であり、大部分のヨコエビにおいて、口器を含め付属肢の取り外しは必要な作業です。何を隠そう今現在私が向き合っているヨコエビもそういった類です。






 まず解剖の前に準備する標本は、固定・保管されているものです。
 だいたいの場合、蓄積された標本の中から、アヤシイ奴が出てきます。


 以下、ヨコエビを採取してから標本を作成するのに必要になる、あるいはなるかもしれないグッズです。どれも基本的に各ネットショッピングサイトで手に入ります。




・スクリューバイアル(スクリュー管瓶,ねじ口瓶)
 No.3(9mL)100本入り:約5000~10000円
 色々な容量のものがあります。1ロットごとによほど大量に捕獲される場合でなければ、浅海性ヨコエビの保管にはNo.3で充分でしょう。材質はガラスも樹脂もありますが、フタにペフの入ったものが推奨です。



・マイクロチューブ(エッペンドルフチューブ)
 5mL 500本入り:約3000~5000円
 スクリューバイアルより小型・少量のサンプルをコンパクトに収納できます。ダーラム管を入れるのにも使えます。



・ダーラム管
 6mm径30mm長 50本入り:約1500円
 マイクロチューブは解剖済の標本を入れると、底に捉えられたり、側壁にくっついて分からなくなってしまうことがあります。スクリューバイアルは底の立ち上がりが直角で死角になりやすく、口が狭く、蓋やネジがあって構造が複雑なため、微細なサンプルの管理には向きません。ダーラム管は底の丸いガラス管であるため細かな付属肢を入れたり、小さな個体を入れるのに適しています。綿栓倒立して大きめのスクリューバイアル内にまとめて入れるか、サイズが合えばマイクロチューブ内でも保管できます。



 ・耐水紙
 A4 100枚入り:約1500円
 標本と一緒に瓶に入れるラベルを作成するのに使います。レーザープリンター対応のものとそうでないものとがあるようです。






・エタノール
 無水(99%)エタノール500mL:約1000~1500円(ドラッグストア等で購入可能)
 70%に希釈する際、水道水でもよいと思いますが、私は精製水を使っています。いろいろありますが150円程度でドラッグストア等で買えます。



・グリセリン
 50mL:約300円,500mL:約500円(ドラッグストア等で購入可能)



・スポイト
 ガラス製駒込ピペット;約1000円
 その他 約100円~
 液体の分取には必需品です。ただし、染色液や封入液を自作しない限りややこしい計量は必要ないため、100均の化粧品セットでも代用できます。



・メスシリンダー
 約200~1500円 
 70%エタノールを作るほかは特に活躍しないので、必須ではありません。



・漏斗
 約100円~
 バイアルに固定液を入れる場合など。スポイト等を使う場合は特に必要ありません。




 保存してある標本を解剖するにあたっての注意点。

 99%エタノール中では脱水が進んでかなりパリパリになってしまうので、解剖前に70%中でなじませることも必要です。また、解剖後にグリセリンプレパラートに封入する場合、アルコールとの相性が悪いため、直前に標本全体をグリセリンに浸す必要があります。そして、10年オーダーで長期間保存してあった標本はなかなか言うことを聞いてくれないのでそれはそういうものだと思ってやるしかなさそうです。


 そして以下は、標本を解剖し線画までもっていくのに必要なグッズです。


・有柄針
 柄:約500円(昆虫針用)~約4000円(タングステンニードル用)
 針:約1000円(無頭0号昆虫針100本入り)~約10000円(タングステン微細針3~5本入り)
 焼きを入れた昆虫針を柄に取り付けて使用します。柄の部分は割箸で代用可能です。



・ピンセット
 精密ピンセット:約500~5000円
 私は1000円程度のを使用しています。
 先の尖ったものを更に研いでかみ合わせを整えます。



・オイルストーン(油砥石)
 約500~2500円
 普通の包丁用砥石を使っていたので選び方がよく分かりませんが、切削工具用の精密仕上げに使われるものがよいようです。研ぐのはピンセットの先端や針先なので、小さいものが良いです。使うときはグリセリンを滴下します。



・染色液
 ローズベンガル:原体は25gで6000円程度。個人で調薬したことはないのですが、50μg/ml程度の水溶液として使うようです。入手の際には要メーカー問い合わせ。
 解剖する時、特に胸節と底節板の境界が見えにくい場合、染色するとかなり見やすくなります。〆めた後のサンプルをソーティングする時にも使えますが、濃く染めすぎると逆に分かりにくくなるなど、デメリットもあります。軟組織がよく染まりますが、毛などはそれほど見やすくなりません。







・スライドガラス
 水切放(76×26×t1mm)100枚入り:約500~1000円
 スライドガラスには「水切放」「白縁磨フロスト」などいろいろな種類があります。とりあえず水切放で良いと思いますが、「水」は傷がつきやすいため、「白」もアリです。ちなみに「水切放」と「白縁磨フロスト」では、値段が4倍くらい違います。
 ※水 = 板ガラスなどに用いられる最も一般的な種類のガラスを材料としたもの。安価。
 ※白 = ガラスの材質を指す場合、硬質で透明度の高いもの。高価。
 ※切放 = 切断したままのもの。安価。
 ※縁磨 = 切断し、縁を研磨したもの。高価。
 ※プレクリン = 脱脂処理済み。
 ※フロスト = 表面のざらつき。鉛筆で書き込めるように処理したもの。



・カバーガラス
 18×18mm 100枚入り:約500円
 高級硼珪酸ガラス使用で、材料としてはスライドガラスより良いものになります(強度と透明度を補完)。樹脂製のものもあるようですが使ったことはありません。



・封入剤
 ホイヤー氏液 20mL:約1500~2000円
 プレパラート標本を作製する時に使います。これを用いて永久プレパラートとしますが、ガム・クロラール系は長い時間を経て変質することが知られているのと、お湯で戻せるので、言うなれば半永久プレパラートです。真の永久プレパラート用封入剤としてカナダバルサムが知られていますが、扱いにくいのと、屈折率の関係からも甲殻類には適さないように思われます。ヨコエビ研究者はほぼ皆さんホイヤー氏液を使っているようです。石丸(1985)にはガム・クロラール液を自作する方法が載っていますが、便利な世の中ですので出来合いのものを買えます。20mLもあればかなりの枚数のプレパラートを作れます。



・トップコート
 10~15mL:約100~2000円
 本来はマニキュアを保護するためのものです。ホイヤー液で封入したカバーガラスの縁に塗って永久プレパラートとします。エッシーでもジルでもお気に入りのブランドのトップコートをご使用頂けますが、100円ショップでも買えます。



封入まで持っていくセット(二世)
100均のキャリアーとミニボトルを活用しています




 ヨコエビの解剖法、石丸(1985)でほぼ語り尽くされていますが、思ったところを述べます。


 明るさについて。
 顕微鏡には光源が付属していますが、解剖するにあたって光源は多ければ多いほうが良いです。手先の邪魔にならない程度に明かりを増やすことが肝要です。



 底節板について。
 ヨコエビの底節板というものは、往々にして自由胸節の背板が上に被さった状態で生えています。つまり、底節板側から胸節の被せをくぐってメスを入れないと、刃先が入りません。
例えばこのような

 刃先が入ればかなり楽になりますが、付属肢から複数の筋肉が延びており、これを断ち切るには底節板側からのアプローチは上手くありません。この段階では垂直あるいは胸節側から刃先を入れた方が得策です。



 ボディについて。
 ある程度まで解剖が進むとボディはくたびれてきます。作業は手早く正確に進める必要があり、訓練が欠かせません。

 付属肢を外した穴は(基本的には)もう使わないので、先を丸くした針を突っ込んで固定するという裏技も考えられます。


 
 道具の選定について。
 一定のサイズより小さなサンプルについては、タングステンの細線に電極をつけて電解研磨した微細解剖針を使用するのが一般的なようです。タングステンといえば強度と耐食性に優れた非常に強靭な金属なので、タングステンニードルはヨコエビを問わず幅広い微小な分類群においてポピュラーです。
 しかし、針も柄も1本でビフテキのコースが満喫できるお値段なのと、現状として設備もないため、今のところ顕微鏡下で物理的に摩擦してゴリゴリと針先を加工しています(電解設備はどうやらパンピーでも作ることができるらしく、現在模索しています)。
 
 錐状、ナイフ状、丸くしたものの3種を用意するとよいでしょう。

 分類群や解剖する人の特性にもよりますので、これもやりこむことが重要です。







(参考文献)

- d’Udekem d’Acoz,C., M.L. Verheye 2017. Epimeria of the Southern Ocean with notes on their relatives (Crustacea, Amphipoda, Eusiroidea). European Journal of Taxonomy, 359: 1–553.
- 石丸信一 1985. ヨコエビ類の研究方法. 生物教材, 19(20): 91-105.
- 富川光・森野浩 2009. ヨコエビ類の描画方法. 広島大学大学院教育学研究科紀要, 17: 179-183. 



0 件のコメント:

コメントを投稿